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2010-03-31

教義の否定

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 あなたがたは、私に言われるからではなく、私に反対してでも、解き放たれた者にならなければなりません。これまでの生を通して、特にここ数か月間は、私は自由になるために格闘してきました――友人たちから、私の本から、私の絆から自由になるために、あなたがたも、同じ自由のために苦闘しなければなりません。(星の教団時代の講話)


【『クリシュナムルティ・目覚めの時代』メアリー・ルティエンス/高橋重敏訳(めるくまーる、1988年)】


クリシュナムルティ・目覚めの時代 クリシュナムルティの生と死

2010-03-30

計算された行動は善ではない

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 善性は行動や行為において、そして関係においてあらわれます。一般的に私たちの日常の行動は、機械的な、皮相的なパターンに追従するか、あるいは報酬や罰に基づく、とても入念に考え抜かれた動機に従っています。ですから私たちの行動は、意識的にせよ無意識的にせよ、計算されたものとなっています。これは善の行動ではありません。このことを実感するならば、この全面的な否定から、真の行動が起こります。(15th September 1978)


【『学校への手紙』J・クリシュナムルティ/古庄高〈ふるしょう・たかし〉訳(UNIO、1997年)】

2010-03-29

知識がないときに知恵がある

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「では何が知恵なのですか?」

 知識がないときに知恵がある。知識は連続性を持っている。連続性なしには、知識はない。連続性を持つものは、決して自由ではありえず、新たなものではありえない。終りを持つものにのみ自由がある。知識は、決して新たではありえない。それは、常に古いものになっていく。古いものは、常に新たなるものを吸収し、そしてそれによって力を得ていく。新たなるものがあるためには、古いものがやまねばならないのである。


【『生と覚醒のコメンタリー 2 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー―クリシュナムルティの手帖より〈2〉

2010-03-28

断片化の原因は知識

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K――私はこう言ったのです。何がこの葛藤の根源なのだろう? 根源は断片化です。あきらかに。では何が断片化をもたらすのだろう? 何がその原因だろう? その背後にあるのは何なのか? そしてたぶんそれは知識だろうと言ったわけです。


S――知識ですね。


K――知識です。私は、心理的に知識を利用するのです。私は、自分が変化し、動いていくので、実際には自分のことを知らないのに、自分自身のことを知っていると考えます。あるいは私は、自分自身の満足のため――自分の地位、自分の成功のため、世の中で偉人になるため――に知識を利用するのです。たとえば、自分は大学者だ、といった具合に。私は万巻の書物を読みます。それは私に地位、威信、ステータスを与えてくれます。こうして、安定、心理的安定への願望があるとき、断片化が起こり、それが生物的レベルの安定を妨げているのではないでしょうか。


【『生の全体性』J・クリシュナムルティ、デヴィッド・ボーム、デヴィッド・シャインバーグ/大野純一、聖真一郎〈ひじり・しんいちろう〉(平河出版社、1986年)】


生の全体性

2010-03-27

噂話

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 うわさ話は、熱烈さと真剣さのまさに正反対である。誰か他人について好意的に、または悪意をこめて話すことは、自分自身からの逃避であり、逃避が落ち着きのなさの原因である。逃避は、まさにその性質上、落ち着かないものである。他人の事件についての関心は、ほとんどの人間の心をいっぱいにしているように思われる、そしてこの関心は、ゴシップ欄、殺人事件や離婚等々の解説といったものを載せた無数の雑誌や新聞を読むことに、おのずから示されている。


【『生と覚醒のコメンタリー 1 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー―クリシュナムルティの手帖より〈1〉

2010-03-26

即時の変化

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「観察者」が「観察されるもの」であるとき、葛藤はやみます。

 これは、まったくふつうに、きわめてたやすく起こることです。たとえば、大きな危険があって、「観察されるもの」とは別ものである「観察者」がいっさい存在しないような状況では。

 そこには即時の行為、行為による即時の応答があるのです。

 人生で重大な局面にあるとき――人はつねに重大な局面を避けて通るものですが――そのことについて考えている暇はありません。

 そのような状況では、古いものの記憶のいっさいを抱えた頭脳はすぐには応答しないのですが、にもかかわらず即時の行為があるのです。

「観察されるもの」からの「観察者」の分裂がなくなると、心理的、内的に即時の変化があるのです。(ブランダイス大学での講話)


【『あなたは世界だ』J・クリシュナムルティ/竹渕智子〈たけぶち・ともこ〉訳(UNIO、1998年)】

2010-03-25

自由が瞑想の扉を開く

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 私が彼の言葉や声の調子に聴き惚れていたとき、彼の発言のすべてが真理で、実在の正確な描写に見えた。しかも彼は繰り返し「言葉はその実体ではない。描写は描写されたものではない」と言っているのだ。あたかも心の中の扉が開いたようなものだった。そして私は息も止まるほど美しく、広大で境界もない風景を見ていたのである。

「そして、私が世界であり、それと別ではなく、私の恐怖を観察し、それから自由になることが出来るとき、多分瞑想が戸を開く」彼の言葉はまわりと共鳴して、おごそかな歌のように響いた。


【『キッチン日記 J.クリシュナムルティとの1001回のランチ』マイケル・クローネン/高橋重敏訳(コスモスライブラリー、1999年)】

2010-03-24

すべてを一つに編んでいる関係の網の目

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 ヴァルナ川を渡りながら私はいった。

「つまり、宗教は解決法の一部ではなく、問題の一部だということでしょうか」

「ありがとう、先生」。クリシュナムルティーはいった。「あなたは会話に集中していました。あなたのいうとおりです。いかなる教義、教条、哲学的知識、心理的技巧、イデオロギー、儀式、神学的制度をもってしても、真理を悟ることはできません。真理は、関係の網の目の中で、一瞬一瞬に経験されるものなのです」

「関係の網の目、とは何でしょう」と私は尋ねた。

「あなたは世界であり、世界はあなたである、ということにお気づきでしょうか? 世界はあなたや私から分離してはいません。私たちすべてを一つに編んでいる関係の共通の糸があるのです。私たちは皆、深い部分で完全につながっています。表面的には、物事は分離しているように見えます。異なる生物種、異なる人種、異なる文化、異なる肌の色、異なる国籍宗教や政治などです。よくよく見てみれば、私たちは皆、生命の偉大なタペストリーの一部だということが分かるでしょう。自分はこの関係の偉大な模様の一部だということが理解できれば、国家間、宗教間、政治制度間の対立は終わりを迎えるでしょう。対立は無知から生まれます。すべての生命は相互につながっているということに無知だからこそ、我々は互いに支配しようとするのです。私たちの存在は関係に基づいているということを理解していないからこそ、社会は分裂するのです。関係は、私たちすべてがその上に立つ基盤なのです」


【『君あり、故に我あり 依存の宣言サティシュ・クマール/尾関修、尾関沢人〈おぜき・さわと〉(講談社学術文庫、2005年)】


君あり、故に我あり―依存の宣言 (講談社学術文庫)

2010-03-23

世界は引き裂かれている

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 君たちはこれがどういうことなのか、恐怖のない雰囲気を生み出すことがどんなにとてつもないことになるのか、知っていますか。それは【生み出さなくてはなりません】。なぜなら、世界が果てしない戦争に囚われているのが見えるからです。世の中は、いつも権力を求めている政治家たちに指導されています。それは弁護士と警察官と軍人の世界であり、みんなが地位をほしがって、みんなが地位を得るために、お互いに闘っている野心的な男女の世界です。そして、信者を連れたいわゆる聖人や宗教の導師(グル)がいます。彼らもまた、ここや来世で地位や権力をほしがります。これは狂った世界であり、完全に混乱し、その中で共産主義者は資本主義者と闘い、社会主義者は双方に抵抗し、誰もが誰かに反対し、安全なところ、権力のある安楽な地位に就こうとしてあがいています。世界は衝突しあう信念やカースト制度、階級差別、分離した国家、あらゆる形の愚行、残虐行為によって引き裂かれています。そして、これが君たちが合わせなさいと教育されている世界です。君たちはこの悲惨な社会の枠組みに合わせなさいと励まされているのです。親も君にそうしてほしいし、君も合わせたいと思うのです。


【『子供たちとの対話 考えてごらん』J・クリシュナムルティ/藤仲孝司〈ふじなか・たかし〉訳(平河出版社、1992年)】


子供たちとの対話―考えてごらん (mind books)

2010-03-21

虚無への恐れ

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 多くの年配の勤め人たちが、自分の差し迫った退職を不安げに待っている。彼らは、余生を自分の精神の本質的な無とともに生きなければならないという見通しにぞっとするのだ。彼らの大半は自分の危惧をそのように表明しないが、しかしなお彼らは漠然と虚無の存在に気づいている。多くは「虚無」という言葉を使わないが、しかしそれについての彼らの恐怖は明白に現われる。なぜなら、彼らが虚無の現われにほかならない孤独と退屈の苦痛と恐怖のことを訴えるとき、彼らは遠まわしながらこの空しさに言及するからである。


【『気づきの探究 クリシュナムルティとともに考える』ススナガ・ウェーラペルマ/大野純一訳(めるくまーる、1993年)】


気づきの探究―クリシュナムルティとともに考える

2010-03-20

正しい行為

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「正しい行為は、精神が沈黙しており、そして〈あるがまま〉が見られているときにのみ可能です。この〈見(けん)〉から起こる行為は、動機、過去から自由であり、思考と原因から自由です」(J・ネルーと会見、1948年


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモスライブラリー、2000年)】

2010-03-19

初めに自由ありき

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 これから行おうとしているような探究をするためには、先に行って究極的に自由になるというのではなく、先ずはじめにわれわれが自由であるのでなければだめです。というのは人が自由でないのなら、探究し調査し検討することはできないのですから。深く見つめるには、実は自由だけではなく、観察に必要な訓練(ディシプリン/規律)もいります。自由と訓練とはたずさえるべきものです(ただし自由になるために訓練をつまねばならないという意味ではありません)私は「訓練」という言葉を使いますが、それは行動を規制し模倣し抑圧し、一定の様式に従わせるというような伝統的な意味で言うのではなく、むしろこの言葉の語源である「学習する」ということなのです。だから、学習と自由とは相たずさえるものだ、自由はそれに必要な学習を伴う、というように言えるわけです。つまり、ある結果を得るために精神的に課した訓練という意味ではありません。この二つ──自由と学習活動は、本質的に欠くことのできない要素です。人間が自由でないなら、自からに関して学ぶことはできません。自由にしてはじめて観察ができる。それもあるパタンだとか、方式、概念にあてはめて見るのではなく、あるがままの自己を観察するのでないといけません。このような観察、知覚、観照というものは、個有(ママ)の訓練、つまり学習をもたらします。何となれば、ここには、規制、模倣、抑圧、統制といったものはないのですから──つまり、新しい、真に美しい姿ができるわけですから、その意味での学習が行われるわけなのです。


【『自由への道 空かける鳳のように』クリシュナムーテイ/菊川忠夫訳(霞ケ関書房、1982年)】


自由への道 空かける鳳のように

2010-03-18

指導者を訪ねまわる必要はない

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 始めから終わりまで(一から十まで)あらゆるものはあなたの中に含まれており、ゆえに教師から教師へ、グルからグルへ、指導者から指導者へと訪ねまわる必要はないのです。


【『片隅からの自由 クリシュナムルティに学ぶ』大野純一著編訳(コスモスライブラリー、2004年)】

2010-03-17

瞑想は偉大な芸術

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 瞑想

 生のなかで もっとも偉大な芸術のひとつです

 おそらく最高に偉大なものでしょう

 それは ほかの誰かから学べるものではありません

 それが 瞑想の美しさです

 瞑想には どんな技法もありません

 それゆえに 瞑想には権威者などいないのです

 あなたが自分自身について知るとき

 つまり あなた自身を見つめ

 どのように歩き どのように食べ

 なにを話しているかを見まもり

 おしゃべりや 憎しみや 嫉妬を見つめ

 あなた自身のなかで

 これらすべてのことに

 思考をさしはさむことなく気づいているとき

 それはすでに瞑想になっています


【『瞑想』J・クリシュナムルティ/中川吉晴訳(UNIO、1995年)】

2010-03-16

クリシュナムルティは一切の伝統、文化、宗教を否定する

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〈話し手〉である私が、この国の伝統の中で育ち、この国の文化の制約を受けたインド人かどうか、あるいは〈彼〉がインド古来の教えの集合体かどうかといった問題を、まず片づけてしまいたい。まず、〈彼〉はインド人ではない。つまりこの国に生まれはしたが、この国にもバラモン階級にも属していないのである。〈彼〉はあなたが先ほど付与させた伝統そのものを否定する。自らの教えが古来の教えを継承したものであることを否定する。〈彼〉はインドあるいは西洋の聖典を一切読んだことがない。果てしない理論や数千年のうちに受容されて世のいわゆる伝統、真理、啓示となった主義主張(プロパガンダ)をかざして人間たちが何をしてきたか、この世で何が起こりつつあるか、を刻々に目にしている者にとっては、そうした書物は不要なのである。


【『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(平河出版社、1982年/サンマーク文庫、1998年)】


クリシュナムルティの瞑想録―自由への飛翔 (mind books)

2010-03-15

条件づけに関心をもて

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「……あなたがたは偏見をもち、条件づけられ、こう言います。『誰ともベッドをともにしてはならない。嘘をついてはならない。菜食主義者でなくてはならない。こうでなくては、ああでなくてはならない』。そういうのを条件づけられていると言うのです。自分の条件づけのひどさに関心をもちなさい」。Kに関心があったのは教えであって、教師の人柄ではなかった。「教師がこうだからああだから、眼が青いから、紫だから、または長髪だからということが、なぜそんなに苦になるのですか? 家が燃えているとき、火をつけた人間の色など調べまわるのは止めなさい」。


【『クリシュナムルティ・開いた扉』メアリー・ルティエンス/高橋重敏訳(めるくまーる、1990年)】

2010-03-14

成功の梯子

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「人は、責任ある地位を占め、刻苦勉励して頂上に登るかもしれませんが、しかし内面的には人は死んでいるのです。もしあなたが、われわれの間のいわゆる偉人――その言動や演説についての報道を載せた新聞に、毎日名前の出る人物――たちに、かれらは本質的に鈍感で愚劣だと告げたら、かれらはぎょっとすることでしょう。しかしわれわれ他の人間と同様、かれらもまた萎れ、内面的に堕落していくのです。なぜでしょうか? われわれは道徳的で、大層立派な生活を送るのですが、しかし目の奥には何の炎もありません。われわれの中には、何一つ自分自身のために得ようとしていない人間もいます――少なくとも私は、彼らはそうしていないと思うのです――が、にもかかわらず、われわれの内面生活は、潮が引くように衰弱しています。知る知らぬにかかわらず、また大臣専用室にいようが、献身的奉仕家のがらんとした部屋にいようが、精神的(スピリチュアリー)には、われわれは、片足を墓場に入れているのです。なぜなのでしょうか?」

 それは、われわれがうぬぼれによって、成功と達成のプライドによって、精神にとって大きな価値を持っているものごとによって詰まっているからではないだろうか? 精神が、それが蓄積したものによって押しひしがれているとき、心は衰弱する。誰もかれもが成功と認知の梯子を登ろうとしているというのは、非常に不思議ではないだろうか?


【『生と覚醒のコメンタリー 4 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈4〉クリシュナムルティの手帖より

2010-03-13

愚かさの延長線上に宗教がある

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 もし人々が愚かなら、彼らはパーソナルティと〈真理〉を混同し、パーソナリティのまわりに寺院を建立し、宗教を結成せざるをえなくなるでしょう。(1928年ロンドンでのインタビュー)


【『白い炎 クリシュナムルティ初期トーク集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモスライブラリー、2003年)】


白い炎―クリシュナムルティ初期トーク集

2010-03-12

安全への願望が戦争の原因

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 われわれは権威と教導とに慣れている。教導されようとする衝動は、安全でいたい、保護されようとする願望から湧き出る。これはわれわれのより深い衝動の一つではないだろうか?

「そうだと思いますが、しかし保護と安全なしには、人は……」

 どうかその問題を調べることにし、早合点しないようにしよう。安全であろう――単に個人としてだけでなく、集団として、国家として、さらには民族として――とするわれわれの衝動のゆえに、われわれは、ある特定の社会の内部および外部で、戦争が大きな関心事になるに至った、そういう世界を築き上げてしまったのではないだろうか?


【『生と覚醒のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈3〉クリシュナムルティの手帖より

2010-03-11

欲望が無関心を形成する

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 もしあなたがこの世界の苦悩や混沌によって恩恵を受け、そこから経済的、社会的、政治的、あるいは心理的な利益を得ている人間なら、きっと冷淡な反応をすることでしょう。従ってこの混沌が続いても、あなたは何とも思わないことでしょう。


【『自我の終焉 絶対自由への道』J・クリシュナムーティ/根木宏、山口圭三郎訳(篠崎書林、1980年)】


自我の終焉―絶対自由への道

2010-03-10

パルテノン神殿ほど美しいものはない

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 私はパルテノンほど美しく、簡潔で力強いものは見たことがありません。アクロポリス全体が驚くべきもので、息がつまります。人間の創り出したものはどれでも、これ以外は品がなく凡庸で、混乱しています。これは荘厳です。私はそれを見るためなら1000マイルも遠しとはしません。類まれなそれらのギリシャ人は、なんと素晴らしい民族だったのでしょう。あなたもそれを見るべきです。永遠の道からはずれているものはどんなものも、陳腐で、馬鹿げていて、愚かです。(エミリー夫人宛ての手紙)


【『クリシュナムルティ・実践の時代』メアリー・ルティエンス/高橋重敏訳(めるくまーる、1988年)】

2010-03-09

「あなたがたは私の心臓をとって食べてもよい」

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 エミリー夫人は、キャンプファイアに再びロードが訪れたことがわかったと記録している。「が、今回は力ではなく、優しさを伴っていた。それはかぎりなく感動的で、悲しかった。Kは私たちに彼自身の内的経験について話し、私たちを彼の心臓(ハート)そのものへ連れて行った。彼はこう言った。『あなたがたは私の心臓をとって食べてもよい、私の血をとって飲んでもよい。私は気にかけない――なぜなら、私はこんなに多くもっているが、あなたがたはほとんどもち合わせていないからだ』」。


【『クリシュナムルティ・目覚めの時代』メアリー・ルティエンス/高橋重敏訳(めるくまーる、1988年)】


クリシュナムルティ・目覚めの時代 クリシュナムルティの生と死

2010-03-08

善にはどのような対立もない

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 思考の動き全体は、善ではありません。思考はとても複雑ですが、理解されなくてはなりません。その理解こそが、思考にそれ自体の限界を自覚させるのです。

 善にはどのような対立もありません。たいていの意図は善を〈悪〉や〈悪事〉に対立するものと考えています。またあらゆる文化においても、歴史的にずっと、善性は粗暴さとは別の面だと思われてきました。ですから人は〈善〉であろうとして、いつも〈悪〉と戦ってきました。しかしどんなかたちであっても、暴力や争いのあるところでは、善が生まれることはありえません。(15th September 1978)


【『学校への手紙』J・クリシュナムルティ/古庄高〈ふるしょう・たかし〉訳(UNIO、1997年)】

2010-03-07

意識は常に過去の過程である

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 われわれは、意識によって何を意味しているのだろうか? いつあなたは意識するのだろうか? 意識は、愉快または苦痛な問いかけ、刺激への反応ではないだろうか? 問いかけへのこの反応が経験である。経験は名づけること、命名、連想である。命名なしには、経験はないのではあるまいか? この、問いかけ、反応、命名、経験の全過程が意識ではないだろうか? 意識は常に、過去の過程である。意識的努力、理解し、蓄積しようとする意志、あろうとする意志は過去の継続である。おそらくは修正された、がしかし依然として過去のものである。われわれが、何かであろう、または何かになろうと努力するとき、その何かはわれわれ自身の投影物なのである。われわれが意識的努力をするとき、われわれはわれわれ自身の蓄積物の騒音を聞いているのだ。理解を妨げるのはこの騒音なのである。


【『生と覚醒のコメンタリー 2 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー―クリシュナムルティの手帖より〈2〉

2010-03-06

知識は過去である

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K――「知る」という言葉。私はあなたを知っているでしょうか。あるいは、知っていたでしょうか。私は、自分はあなたを知っている、とは実際上けっして言えません。「私はあなたを知っている」「私はあなたを知っていた」などと言うのは、はなはだいまわしいことです。私がそう言っているあいだにも、あなたは変化している――あなたのなかでは、大きな運動が進行しているのです。私はあなたを知っている、と言うことは、あなたのなかで進行中の運動を私がよく知っていること、それを熟知していることを意味します。ですから、私はあなたを知っているなどと言うのは、あなたに対する私の側の厚かましさというものです。


S――たしかに。


K――ですから知ること、知識は、過去のものです。そう思いませんか。


B――そう、われわれが知っていることは過去だ、と私も思います。


K――知識は過去なのです。


B――なのにわれわれがそれを現在だとみなすところに危険があるのです。危険なのは、われわれが知識を現在だと思いこむことです。


K――まさにそのとおりです。


【『生の全体性』J・クリシュナムルティ、デヴィッド・ボーム、デヴィッド・シャインバーグ/大野純一、聖真一郎〈ひじり・しんいちろう〉(平河出版社、1986年)】

2010-03-05

一体化を助長するのは恐怖である

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 刻々に体験するためには、一切の一体化が終わらねばならない。試行するためには、恐怖があってはならない。恐怖は体験を妨げる。一体化――他者との、集団との、イデオロギー等々との――を助長するのは恐怖である。恐怖は、その性質上、抵抗や抑圧を招く。しかるに、自己防衛の構えをしていて、どうして海図なき大洋にあえて船出できるだろうか? 自己の諸相への貫入の旅に出ないかぎり、真理または幸福は決してやってこない。錨を降ろしていては、遠方まで旅することはできないのである。一体化は、一種の逃避である。逃避は保護を必要とし、そして保護されるものは、間もなくこわされてしまう。一体化は、それ自らの上に破壊を招き、かくしてさまざまな一体化の間で、果てしない葛藤が続くのである。


【『生と覚醒のコメンタリー 1 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー―クリシュナムルティの手帖より〈1〉

2010-03-04

「観察者」を観察する

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 観察されるものとは別のものとして、「観察者」を観察したことがありますか?

 このことを深く探らなければ、これから述べるようなことは見逃されてしまうでしょう。

「観察者」と「観察されるもの」とのあいだに分裂があるかぎり、葛藤があります。

 イメージ、知識、去年の秋の色どりなどについての記憶をともないながら精神のなかに入りこむ、空間的、言語的分裂が「観察者」を生みだし、また観察されるものからの分裂が葛藤なのです。

 この分裂を引き起こすのは思考です。(ブランダイス大学での講話)


【『あなたは世界だ』J・クリシュナムルティ/竹渕智子〈たけぶち・ともこ〉訳(UNIO、1998年)】

2010-03-03

安全と恐怖

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 しかし、君たちはこういうことをするように励ましてはもらわないでしょう。質問しなさい、神とは何かを自分で見出しなさい、とは誰も教えてくれません。なぜなら、もしも反逆することになったなら、君は偽りであるすべてにとって危険な者になるからです。親も社会も君には安全に生きてほしいし、君自身も安全に生きたいと思います。安全に生きるとは、たいがいは模倣して、したがって恐怖の中で生きることなのです。確かに教育の機能とは、一人一人が自由に恐怖なく生きられるように助けることでしょう。そして、恐怖のない雰囲気を生み出すには、先生や教師のほうでも君たちのほうでも、大いに考えることが必要です。


【『子供たちとの対話 考えてごらん』J・クリシュナムルティ/藤仲孝司〈ふじなか・たかし〉訳(平河出版社、1992年)】

2010-03-02

内面の危機が全体主義と化す

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 皆さん、人間自身が何の内なるビジョン、内なる光、理解も持っていないとき、一国はますます組織化され、そしてますます権威と外部的強制が強まるのです。そのとき個人は、全体主義国家においてだろうと、あるいはいわゆる民主主義国家においてだろうと、権力者たちの単なる道具になり下がるのです。なぜなら危機の瞬間には、いわゆる民主主義国家も民主主義を忘れ、民衆一定の行動様式にあてはめさせることによって、全体主義国家のようになるからです。


【『クリシュナムルティの教育・人生論 心理的アウトサイダーとしての新しい人間の可能性』大野純一著編訳(コスモスライブラリー、2000年)】


クリシュナムルティの教育・人生論―心理的アウトサイダーとしての新しい人間の可能性

2010-03-01

自分の暴力性を観察する

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 非暴力という「あるべき」状態の概念は、すでに説明したように事実無根である。なぜならそれは、精神によって投影されたものだからである。もし私が、この特定の理想だけではなく、理想という理想をすべて追求することのまったくの虚偽と不毛を見抜くことができさえすれば、そのときには突然、私は全注意を傾けて「あるがままの状態」を観察することができるようになる。精神が理想を脱ぎ捨て、気を散らさなくなるとき、それはついに内なる暴力を正直に知覚する。精神がもはや逃避せず、暴力の存在を認め、そしてその状態を完全に理解するとき、暴力はひとりでに消え去ってゆくのではないだろうか?


【『気づきの探究 クリシュナムルティとともに考える』ススナガ・ウェーラペルマ/大野純一訳(めるくまーる、1993年)】


気づきの探究―クリシュナムルティとともに考える