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クリシュナムルティの智慧 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-01-15

自己認識は祈りではない

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シュアレス●あらゆる宗教は、神、宇宙など――その呼び名が何であれ――あるより高い実在物と交感するための祈りやなんらかの黙想(瞑想)の方法について話します。あなたの宗教的活動はいかなるものですか? あなたは祈りますか?


クリシュナムルティ●神聖な決まり文句の反唱は、精神の動揺を静め、それを眠り込ませるのです。祈りは、われわれに自分自身の心理的獄舎を押し破り、破壊させる必要を感じさせずに、われわれをそのなかに閉じ込め続けさせることのできる、鎮痛剤のようなものです。祈りのメカニズムは、他のすべてのメカニズム同様、機械的な結果をもたらすのです。自己自身についての無知を突き破ることのできるような祈りなどないのです。無限なるものに差し向けられたあらゆる祈りは、有限なるもが無限なるものを知り、そしてそれといかに接するかということを前提にしています。それは無限なるものについてにおあらゆる観念、概念および信念を持っており、そして精神的な獄舎に閉じ込められた説明体系のなかに包み入れられているのです。祈りは束縛するものでこそあれ、解決するものではないのです。そして自由こそは、真の宗教のまさに核心なのです。宗教的組織・団体は、自由を与えると主張しながら、実は逆に、このなくてはならない自由を与えないようにしているのです。自己認識は祈りではありません。そして自己認識こそが、瞑想へのドアなのです。自由は、一組の心理学的な理論に基いたものでもないし、あるいは恩寵を期待して身を委ねた状態でもないのです。それは、宗教や社会によって押し付けられた諸々の制約を打破するのです。それは、特定のものについてではなく、全的に注意を傾けた状態なのです。


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモスライブラリー、2000年)】


私は何も信じない―クリシュナムルティ対談集