Hatena::Groupkrishnamurti

クリシュナムルティの智慧 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-08-13

瞑想は根であり、幹であり、花であり、そして果実である

| 瞑想は根であり、幹であり、花であり、そして果実である - クリシュナムルティの智慧 を含むブックマーク はてなブックマーク - 瞑想は根であり、幹であり、花であり、そして果実である - クリシュナムルティの智慧 瞑想は根であり、幹であり、花であり、そして果実である - クリシュナムルティの智慧 のブックマークコメント


 海辺をさまよいながらこの瞑想の流れに出会ってみたまえ。しかし出会っても追いかけてはならない。あなたが追いかけているのはすでに過去の思い出であって、それはもはや死物にすぎない。丘から丘にさまよい歩いて、あなたのまわりのすべてのものに、生の美しさと苦痛を語らせ、ついにあなたが自らの悲嘆に目覚め、終焉させるようにしてみたまえ。瞑想は根であり、幹であり、花であり、そして果実である。植物の全体を果実、花、幹、そして根に分けてしまうのは言葉である。このような分離の中では行為はついに不毛に終わる。愛の行為とは全的な把握に他ならない。


【『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(平河出版社、1982年/サンマーク文庫、1998年)】


クリシュナムルティの瞑想録―自由への飛翔 (mind books)

2010-07-11

瞑想は思考に終止符を打つこと

| 瞑想は思考に終止符を打つこと - クリシュナムルティの智慧 を含むブックマーク はてなブックマーク - 瞑想は思考に終止符を打つこと - クリシュナムルティの智慧 瞑想は思考に終止符を打つこと - クリシュナムルティの智慧 のブックマークコメント


 思考は決して天真たりえない。瞑想は思考に終止符を打つことであるが、それは瞑想者によるのではない。なぜならば、瞑想者と瞑想とは不可分の全体なのである。そしてもしも瞑想がなければ、人は光と色の大いなる美の世界にいながら、それが見えない盲人のようなものである。


【『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(平河出版社、1982年/サンマーク文庫、1998年)】


クリシュナムルティの瞑想録―自由への飛翔 (mind books)

2010-06-12

瞑想は何かを成就することではない

| 瞑想は何かを成就することではない - クリシュナムルティの智慧 を含むブックマーク はてなブックマーク - 瞑想は何かを成就することではない - クリシュナムルティの智慧 瞑想は何かを成就することではない - クリシュナムルティの智慧 のブックマークコメント


 瞑想において大切なことは、精神と心の質である。肝要なことは何かを成就することでも、あるいはめざす何者かになることでもなく、天真らんまんでしなやかな精神のあり方である。否定を通じて肯定的な状態が現われる。ただいたずらに経験を蓄積し、経験によって生きていては、瞑想の純粋さは生まれない。瞑想は目的のための手段ではない。瞑想は手段であり同時に目的である。精神は経験によっては決して天真らんまんたりえない。経験を否定することによってはじめて、思考によっては生み出すことのできない天真なる状態が現われる。


【『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(平河出版社、1982年/サンマーク文庫、1998年)】


クリシュナムルティの瞑想録―自由への飛翔 (mind books)

2010-05-02

真理は現在の中にしか存在しない

| 真理は現在の中にしか存在しない - クリシュナムルティの智慧 を含むブックマーク はてなブックマーク - 真理は現在の中にしか存在しない - クリシュナムルティの智慧 真理は現在の中にしか存在しない - クリシュナムルティの智慧 のブックマークコメント


 真理は決して過去にはない。過去の真理は記憶の死灰である。なぜならば、記憶は時間の中にあり、昨日の死灰の中には何の真理もないからである。真理は現に生きたものであって、時間の領域にはない。


【『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(平河出版社、1982年/サンマーク文庫、1998年)】


クリシュナムルティの瞑想録―自由への飛翔 (mind books)

2010-04-07

権威を容認することは真理の否定に他ならない

| 権威を容認することは真理の否定に他ならない - クリシュナムルティの智慧 を含むブックマーク はてなブックマーク - 権威を容認することは真理の否定に他ならない - クリシュナムルティの智慧 権威を容認することは真理の否定に他ならない - クリシュナムルティの智慧 のブックマークコメント


 人を制約し、条件づける言葉や、表象(シンボル)の受容を全的に否定する者にとって、真理は間接的に受け売りできるようなものではない。〈彼〉はそもそものはじめから、どのようなものであれ、およそ権威を容認することは真理の否定に他ならないと話したはずであり、人はあらゆる文化、伝統、社会道徳の外側に出なければならないと強調したはずである。あなたがそう聞いておられたら、〈彼〉がインド人であるとか、古来の伝統を現在の言葉で語り継いでいるなどとは言わなかったはずだ。〈彼〉は全的に過去ならびに過去の教師、評釈者たちや諸々の理論、公式を否定するものである。


【『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(平河出版社、1982年/サンマーク文庫、1998年)】


クリシュナムルティの瞑想録―自由への飛翔 (mind books)

2010-03-16

クリシュナムルティは一切の伝統、文化、宗教を否定する

| クリシュナムルティは一切の伝統、文化、宗教を否定する - クリシュナムルティの智慧 を含むブックマーク はてなブックマーク - クリシュナムルティは一切の伝統、文化、宗教を否定する - クリシュナムルティの智慧 クリシュナムルティは一切の伝統、文化、宗教を否定する - クリシュナムルティの智慧 のブックマークコメント


〈話し手〉である私が、この国の伝統の中で育ち、この国の文化の制約を受けたインド人かどうか、あるいは〈彼〉がインド古来の教えの集合体かどうかといった問題を、まず片づけてしまいたい。まず、〈彼〉はインド人ではない。つまりこの国に生まれはしたが、この国にもバラモン階級にも属していないのである。〈彼〉はあなたが先ほど付与させた伝統そのものを否定する。自らの教えが古来の教えを継承したものであることを否定する。〈彼〉はインドあるいは西洋の聖典を一切読んだことがない。果てしない理論や数千年のうちに受容されて世のいわゆる伝統、真理、啓示となった主義主張(プロパガンダ)をかざして人間たちが何をしてきたか、この世で何が起こりつつあるか、を刻々に目にしている者にとっては、そうした書物は不要なのである。


【『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(平河出版社、1982年/サンマーク文庫、1998年)】


クリシュナムルティの瞑想録―自由への飛翔 (mind books)

2010-02-26

瞑想とは世界とそのあり方を理解すること

| 瞑想とは世界とそのあり方を理解すること - クリシュナムルティの智慧 を含むブックマーク はてなブックマーク - 瞑想とは世界とそのあり方を理解すること - クリシュナムルティの智慧 瞑想とは世界とそのあり方を理解すること - クリシュナムルティの智慧 のブックマークコメント


 瞑想は世俗からの逃避ではない。それは孤立的で自己閉鎖的な活動ではなく、世界とそのあり方を理解することである。社会は衣食住以外には与えるところ少なく、それが与える快楽は大きな悲嘆を伴うのが常である。

 瞑想はそのような世界を豁然(かつぜん)として離れ去ることであり、人は全的にアウトサイダーでなければならない。そのときにこの世は意味を帯び、天と地はその本来の美を不断に開示する。そのとき愛は快楽の影を宿さない。そしてこの瞑想こそは、緊張や矛盾、葛藤、自己満足の追及、力への渇望などから生まれたものではない、全ての行為の源泉である。


【『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(平河出版社、1982年/サンマーク文庫、1998年)】


クリシュナムルティの瞑想録―自由への飛翔 (mind books)