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クリシュナムルティの智慧 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-08-12

「死んだ場所がどこであってもそこで灰をまき散らすことを望む」

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 1972年にブロックウッドで財団合同の会議があったとき、Kは自分を火葬にしたら、死んだ場所がどこであってもそこで灰をまき散らすことを望むと言ったのである。彼の灰をガンジス河にまき散らすことを望んだインドの評議員たちにとって、このことはショックだった。


【『クリシュナムルティ・開いた扉』メアリー・ルティエンス/高橋重敏訳(めるくまーる、1990年)】


クリシュナムルティ・開いた扉 クリシュナムルティの生と死

2010-07-10

想像を絶するエネルギーをもつ広大な空間

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 アーサナを始める前、彼〔K〕は普通何も考えずに静かに坐っている。しかし今朝は、まったく期待もしていないし、招き寄せたわけでもないのに、奇妙なことが起こった。――それにこんなことは招き寄せることなどできるはずがない。突然、頭脳、頭部の中心、まさしく内側に、想像を絶するエネルギーをもつ広大な空間があるように感じたのだ。それはそこにある。しかし、何ひとつ記録されてはいない。なぜなら、記録されるものはエネルギーの浪費だからだ。もしそう呼べるとすれば、それは限定のない状態の純粋なエネルギー、その無限の感覚以外には何もない空間であった。どれだけ長くつづいたかはわからないが、それは朝のあいだじゅうすこにあった。文字にされるにつれて、それはあたかも根をはって固定したかのようになる。これらの文字は断じてもの自体ではない。(メアリー・ジンバリストが著者に宛てた手紙)


【『クリシュナムルティ・開いた扉』メアリー・ルティエンス/高橋重敏訳(めるくまーる、1990年)】


クリシュナムルティ・開いた扉 クリシュナムルティの生と死

2010-06-11

クリシュナムルティの語調

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 声は人間の最も重要な部分であり、誰の声であろうとそれを紙に移しかえるのは不可能である。Kの語調は捕えることができるかもしれないが、彼がある語や句に託す力強さや火、熱狂、真剣さ、緊急性、そして彼の全存在からほとばしり出る情熱は移すことのできないものである。


【『クリシュナムルティ・開いた扉』メアリー・ルティエンス/高橋重敏訳(めるくまーる、1990年)】


クリシュナムルティ・開いた扉 クリシュナムルティの生と死

2010-05-01

真に自由な精神

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 私の言っていることのどれをも受け入れないでください。彼の論理と、その論理に含まれている微妙さのすべてにつき従いながら、しかし疑問をもち、自分自身の光でありなさい。宗教とは、自分たちの意識でもある自分たちの存在のすべてを、疑いをもって探求することです。もし恐怖があるならば、その場合瞑想はまったく無意味です。探求するには自由な心が肝要であり、恐怖があるとき自由はありません。


【『クリシュナムルティ・開いた扉』メアリー・ルティエンス/高橋重敏訳(めるくまーる、1990年)】


クリシュナムルティ・開いた扉 クリシュナムルティの生と死

2010-04-06

Kの本を引き裂け

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「真理はあなたのものでも私のでもない。それは国も種族も、人々ももたない。信念も教義もない。私はこのことをうんざりするほど繰り返し話してきた」と彼は言った。しかし討論は解釈ではない、と彼は主張する。「議論し、批判し、徹底して検討しなさい。Kの本を読んで知的にビリビリと引き裂きなさい。または知的にそれに同意しなさい。討論することです。それは解説ではありません」。


【『クリシュナムルティ・開いた扉』メアリー・ルティエンス/高橋重敏訳(めるくまーる、1990年)】

2010-03-15

条件づけに関心をもて

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「……あなたがたは偏見をもち、条件づけられ、こう言います。『誰ともベッドをともにしてはならない。嘘をついてはならない。菜食主義者でなくてはならない。こうでなくては、ああでなくてはならない』。そういうのを条件づけられていると言うのです。自分の条件づけのひどさに関心をもちなさい」。Kに関心があったのは教えであって、教師の人柄ではなかった。「教師がこうだからああだから、眼が青いから、紫だから、または長髪だからということが、なぜそんなに苦になるのですか? 家が燃えているとき、火をつけた人間の色など調べまわるのは止めなさい」。


【『クリシュナムルティ・開いた扉』メアリー・ルティエンス/高橋重敏訳(めるくまーる、1990年)】

2010-02-25

愛とは

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 ……恐怖は愛ではない。依存は愛ではない。嫉妬は愛ではない。所有と支配は愛ではない。責任と義務は愛ではない。自己憐憫は愛ではない。愛が憎悪の反対でないのは、謙譲が虚栄の反対でないのと同じである。だからもし強制的でなく、雨が幾日にもわたってたまった塵を木の葉から洗い流すようにこれらすべてを除き去るなら、おそらくわれわれが常に渇望するこの不思議な花へと行き着くだろう。


【『クリシュナムルティ・開いた扉』メアリー・ルティエンス/高橋重敏訳(めるくまーる、1990年)】