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2010-08-02

思考と愛

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 誰か他人のことについて考えていなければ、あなたは、自分はその人のことを愛していないと言うだろう。しかし、その当人のことをあれこれ【考えてみる】ことが、愛なのだろうか?


【『生と覚醒のコメンタリー 1 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー―クリシュナムルティの手帖より〈1〉

2010-06-30

思考は愛ではない

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 思考は、その感情的で感傷的な中身ともども、愛ではない。思考は常に、愛を否定する。思考は記憶にもとづいている。しかるに、愛は記憶ではない。あなたが、誰か自分が愛している人間のことを考えるとき、その思考は愛ではない。あなたは、ある友人の習慣や立ち居ふるまい、性癖のことを思い出し、あなたのその当人との関係における愉快または不愉快な出来事を思い廻らすかもしれないが、思考が呼び起こす心象は愛ではない。思考は、その本性上、分離的なものである。時間と空間、分離と悲嘆の感覚は、思考過程から生まれる。それゆえ、思考過程が終わるときに初めて、愛がありうるのである。


【『生と覚醒のコメンタリー 1 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー―クリシュナムルティの手帖より〈1〉

2010-06-01

静謐さはあるがままの実相を理解することによって生まれる

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 うわさ話は、落ち着きのない精神の表現であるが、しかしただ単に黙して語らないことは、静謐な精神の徴(しるし)ではない。静謐さは、禁欲や克己をもってしては生まれない──それは、【あるがまま】の実相を理解することによって生まれるのである。あるがままを理解するには、即座の気づき(アウェアネス)が必要である──なぜならば、あるがままの実相は、決して静止していないからである。


【『生と覚醒のコメンタリー 1 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー―クリシュナムルティの手帖より〈1〉

2010-04-21

皮相的な関心が堕落を招く

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 われわれは、他人がわれわれをどのように思っているかが気掛かりなので、しきりに他人のことを何もかも知りたがるのである。そしてここから、粗雑または微妙な俗物根性と権威の崇拝が生まれるのだ。こうして、われわれは、日増しに外面化していき、内面的には空虚になってしまうわけである。そして外面化すればするほど、それだけより多くの感覚と気晴らしが必要となり、そしてこれが、決して静謐(せいひつ)でない精神、探究と発見ができない精神を生み出すのである。


【『生と覚醒のコメンタリー 1 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー―クリシュナムルティの手帖より〈1〉

2010-03-27

噂話

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 うわさ話は、熱烈さと真剣さのまさに正反対である。誰か他人について好意的に、または悪意をこめて話すことは、自分自身からの逃避であり、逃避が落ち着きのなさの原因である。逃避は、まさにその性質上、落ち着かないものである。他人の事件についての関心は、ほとんどの人間の心をいっぱいにしているように思われる、そしてこの関心は、ゴシップ欄、殺人事件や離婚等々の解説といったものを載せた無数の雑誌や新聞を読むことに、おのずから示されている。


【『生と覚醒のコメンタリー 1 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー―クリシュナムルティの手帖より〈1〉

2010-03-05

一体化を助長するのは恐怖である

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 刻々に体験するためには、一切の一体化が終わらねばならない。試行するためには、恐怖があってはならない。恐怖は体験を妨げる。一体化――他者との、集団との、イデオロギー等々との――を助長するのは恐怖である。恐怖は、その性質上、抵抗や抑圧を招く。しかるに、自己防衛の構えをしていて、どうして海図なき大洋にあえて船出できるだろうか? 自己の諸相への貫入の旅に出ないかぎり、真理または幸福は決してやってこない。錨を降ろしていては、遠方まで旅することはできないのである。一体化は、一種の逃避である。逃避は保護を必要とし、そして保護されるものは、間もなくこわされてしまう。一体化は、それ自らの上に破壊を招き、かくしてさまざまな一体化の間で、果てしない葛藤が続くのである。


【『生と覚醒のコメンタリー 1 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー―クリシュナムルティの手帖より〈1〉

2010-02-15

一体化は所有を意味する

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 われわれが他者と一体化する場合、それははたして愛の徴(しるし)だろうか? 一体化は試行を意味するだろうか? 一体化は、愛と試行に終止符を打つのではないだろうか? 一体化は、疑いもなく所有であり、所有権を主張することである。そして所有は、愛を否定するのではないだろうか? 所有することは安心することであり、所有は防衛であって、繊細な感受性を損なうものである。一体化のうちには、粗雑、精妙の別を問わず、抵抗がある。しかるに、愛は一種の自己防衛的抵抗だろうか? 防衛のあるところに愛があるだろうか?

 愛は繊細で傷つきやすく、柔軟で、受身的なものである。それは最高度の鋭敏さであるが、一体化は逆に鈍感さを助長する。一体化と愛とは、相容れないものである。なぜなら、その一方は他方の芽を摘み取るものであるからだ。一体化は、本質的に、精神の自己防衛または拡張のための思考過程であり、そして何かになるためには、精神は、抵抗し、防衛し、所有しまたは見捨てていかなければならない。この、何かになろうとする過程で、精神または自己(セルフ)はより強固で有能になっていく。しかし、これは、愛ではない。一体化は自由を損う。しかし自由においてのみ、最高の形の鋭敏さがありうるのである。

 試行するためには、一体化の必要があるだろうか? 一体化という行為こそはまさに、探究、発見を終焉させてしまうのではないだろうか? 自己発見の試みがないかぎり、真理によってもたらされる幸福はありえない。一体化は発見に終止符を打つ――それは別の形をした怠惰なのだ。一体化は代行経験であり、それゆえ多くの虚偽である。


【『生と覚醒のコメンタリー 1 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー―クリシュナムルティの手帖より〈1〉