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クリシュナムルティの智慧 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-08-09

何もかも持っていながら、にもかかわらず無一物の人々

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 街路は雑踏していた。そして店には品物があふれていた。それは都会の富裕な部分だったが、しかし街路には、金持や貧乏人、労務者や事務員などあらゆる種類の人々がいた。世界中のあらゆる地域からきた男女がおり、そのうちのわずかは民族衣装をまとっていたが、しかし大部分は洋装だった。新旧とりどりの車があった。そして春のその朝、高級車は、クロムと光沢できらめき、そして人々の顔は晴れやかで、にこやかだった。どの店も人々であふれていたが、青空に気づいている人はごくわずかのようだった。店の陳列窓にはドレスや靴、新車、そして食物が並び、人々を引き付けていた。鳩がいたるところにいて、たくさんの足の間や際限のない車の間を見え隠れしていた。無数の著者によるあらゆる最新刊書を揃えた、一軒の書店があった。人々は、世界に何一つ心配ごともないような様子だった。戦争ははるか遠くの、地球のほかの場所でのことだった。金銭、食物、仕事はたっぷりあり、そして厖大な収入と支出とがあった。街路は、高い建物に挟まれて深い峡谷のようだったが、木はなかった。騒々しかった。そこには、何もかも持っていながら、にもかかわらず無一物の人々の、奇妙なせわしなさがあった。


【『生と覚醒のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈3〉クリシュナムルティの手帖より

2010-07-07

経験は常に過去を強化する

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 思考は、これまであったものの反応、記憶の反応である、違うだろうか? 記憶は、伝統、経験であり、そして新しい体験へのその反応は、過去の結果である。それゆえ、経験は常に、過去の強化なのだ。精神は、過去の、時間の結果である。思考は、多くの昨日の産物なのだ。思考がそれ自身を変えようとし、これ、またはそれになろう、またはなるまいと努めるとき、それは単に、異なった名前の下でそれ自身を永続させるだけである。既知なるものの産物なので、思考は決して未知なるものを体験することはできない。時間の結果なので、それは決して時間を超越したもの、永遠なるもの、を理解することはできない。真なるものがあるためには、思考はやまねばならない。


【『生と覚醒のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈3〉クリシュナムルティの手帖より

2010-06-08

思考は存続の過程

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 存続するために、われわれは考えることを強いられる。思考は存続の過程なのだ。それが個人のであれ、あるいは国家のであれ、思考すること、すなわちその最も低い、あるいは最も高い形での願望は、常に自己閉鎖的で、条件づけるものでなければならない。われわれが宇宙について考えようと、われわれの隣人たちのこと、われわれ自身のこと、あるいは神について考えようと、われわれのすべての思考は、限られており、条件づけられているのではないだろうか?


【『生と覚醒のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈3〉クリシュナムルティの手帖より

2010-04-28

積極的な教えが恐怖に連続性を与える

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 人は既知なるものの中に飛び去るのだが、既知なるものとは信念、儀式、愛国心宗教的教師たちの慰藉的な決まり文句、司祭たちの確信、等々である。これらは順次、人と人との間に葛藤を引き起こし、それゆえ問題は、ある世代から別のそれへと引き継がれていく。もし人が問題を解決しようとするなら、人はその根源を究明し、そして理解しなければならない。この、いわゆる積極的教え、共産主義を含む諸宗教の、「これこれを考えるべきこと」式の教えは、恐怖に連続性を与える。それゆえ、積極的教えは破壊的なのである。


【『生と覚醒のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈3〉クリシュナムルティの手帖より

2010-04-03

指導を求めるのは恐怖のはずみである

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「しかし、自分自身、または他人を権威、救世主にすることなく、指導し、または指導されることは可能ではないでしょうか?」

 われわれは、指導されようとする衝動を理解しようとしているところである、違うだろうか? この衝動は何なのだろうか? それは恐怖の結果ではないだろうか? 不確かなので、自分のまわりの一時性を見るので、何か確かなもの、永続的なものを見出そうとする衝動がある。しかしこの衝動は、恐怖のはずみなのだ。恐怖とは何かを理解する代りに、われわれはそれから逃避する、そしてまさに逃避すること自体が恐怖なのである。


【『生と覚醒のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈3〉クリシュナムルティの手帖より

2010-03-12

安全への願望が戦争の原因

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 われわれは権威と教導とに慣れている。教導されようとする衝動は、安全でいたい、保護されようとする願望から湧き出る。これはわれわれのより深い衝動の一つではないだろうか?

「そうだと思いますが、しかし保護と安全なしには、人は……」

 どうかその問題を調べることにし、早合点しないようにしよう。安全であろう――単に個人としてだけでなく、集団として、国家として、さらには民族として――とするわれわれの衝動のゆえに、われわれは、ある特定の社会の内部および外部で、戦争が大きな関心事になるに至った、そういう世界を築き上げてしまったのではないだろうか?


【『生と覚醒のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈3〉クリシュナムルティの手帖より

2010-02-22

洋の東西という条件づけ

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 指摘させていただくなら、この、西洋の、または東洋の人々という区別は、地理的で、便宜的なものなのではないだろうか? それは、何ら根本的な意義を持たない。われわれがある線の東または西に生きていようと、あるいは褐色、黒色、白、あるいは黄色に生まれつこうと、われわれはすべて人間なのである。苦悩し、希望し、恐れ、そして信じ込んでいる。喜びと苦しみはここにもある、それらがそこにあるように。思考は、西洋のものでも、東洋のものでもないが、しかし人間はそれを自分の条件づけに従って区別してしまうのである。愛は、ある大陸では神聖とされ、そして別の大陸では拒まれるような地理的なものではない。人間の区別は、経済的および搾取する目的のためのものである。だからといって、これは、個々人の間には気質、等々において違いがないということを意味してはいない。類似性はあるが、にもかかわらず違いはある。このすべてはかなり明らかであり、そして心理的に事実なのではないだろうか?


【『生と覚醒のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈3〉クリシュナムルティの手帖より