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2010-07-12

正しい生活

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 ただしい生活とは

 社会の道徳にしたがうことではありません

 ねたみや 貪欲(どんよく)さや 権力の渇望などから

 自由になることです

 それらはすべて 憎しみをうみだします

 しかし 意志のはたらきによって

 それらから自由になれるのではありません

 自分を知ることをとおして

 それらに気づくことによって

 自由になれるのです

 自分がなにをしているのか 気づくことがなければ

 瞑想は 感覚の昂揚をもたらすだけの

 ほとんど意味のないものになってしまいます


【『瞑想』J・クリシュナムルティ/中川吉晴訳(UNIO、1995年)】


瞑想

2010-06-13

瞑想は途方もなく活発な静謐である

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 しかし あなたが

 思考のあらゆる動き──

 つまり それがどのように条件づけられ

 なにを追いもとめ なにを恐れ

 なにを楽しみにしているか ということを

 たんねんに調べ 観察し

 それらに耳を傾けるようになり

 頭がどのようにはたらいているかを

 見まもるようになると

 頭がおどろくほど静かになってゆくことに

 気づくでしょう

 その静まりは

 眠りではありません

 とほうもなく活発で

 だからこそ 静まっているのです

 頭は 発電機のように

 摩擦があると 騒音をだしますが

 完璧に動いているときには

 ほとんど音をたてず

 静かになります


【『瞑想』J・クリシュナムルティ/中川吉晴訳(UNIO、1995年)】


瞑想

2010-05-03

瞑想は雨のようなものである

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 いったい どうして

 瞑想が きわめて大切なものになるのでしょうか

 まったく不思議なことです

 瞑想には

 終わりがありませんし

 始まりもありません

 それは ひとつぶの雨のようなものです

 ひとつぶの雨のなかには

 小川があります

 大河があります

 海があります

 滝があります……

 それは

 大地をやしない

 ひとをやしないます

 それがなければ

 大地は 砂漠になってしまうでしょう

 瞑想がなければ

 ハートは 砂漠になり

 不毛の地になってしまいます


【『瞑想』J・クリシュナムルティ/中川吉晴訳(UNIO、1995年)】


瞑想

2010-04-08

瞑想は場所を選ばない

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 バスにのっていても

 木漏れ日のさす森のなかを歩いていても

 鳥のさえずりを聴いていても

 妻や子どもの顔をながめていても

 瞑想はおこります


【『瞑想』J・クリシュナムルティ/中川吉晴訳(UNIO、1995年)】


瞑想

2010-03-17

瞑想は偉大な芸術

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 瞑想

 生のなかで もっとも偉大な芸術のひとつです

 おそらく最高に偉大なものでしょう

 それは ほかの誰かから学べるものではありません

 それが 瞑想の美しさです

 瞑想には どんな技法もありません

 それゆえに 瞑想には権威者などいないのです

 あなたが自分自身について知るとき

 つまり あなた自身を見つめ

 どのように歩き どのように食べ

 なにを話しているかを見まもり

 おしゃべりや 憎しみや 嫉妬を見つめ

 あなた自身のなかで

 これらすべてのことに

 思考をさしはさむことなく気づいているとき

 それはすでに瞑想になっています


【『瞑想』J・クリシュナムルティ/中川吉晴訳(UNIO、1995年)】

2010-02-27

瞑想とは思考がやむこと

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 ひとは葛藤からのがれるために、さまざまな瞑想をあみだしてきました。しかし、それらの瞑想は、欲望や意図にもとづいていて、なんとかそれを達成しようという衝動にかりたてられています。したがって、それらのなかには、どこかにたどりつこうとする苦闘や葛藤が含まれています。

 このような意識され、意図された努力が、条件づけられた心の限界を超えることはありません。そこには、まったく自由がありません。

 瞑想をしようとする努力はすべて、瞑想を否定するものです。

 瞑想とは、思考がやむことです。そのときこそ、時間を超えた新たな次元があらわれるのです。


【『瞑想』J・クリシュナムルティ/中川吉晴訳(UNIO、1995年)】