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2010-08-22

生きるとは関係すること

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 このように私たちは、集団行動は──場合によってはやりがいがあるものの──災い、混乱に帰着せざるをえず、また個人の側の無責任をもたらすということ、そして指導者への服従は常に混乱をつのらせるということを見ます。けれども、私たちは生きなければなりません。生きることは行動することであり、存在することは関係することです。関係なしにはいかなる行動もなく、そして私たちは孤立して生きることはできません。孤立などというものはないのです。生きるとは、行動することであり、また関係することなのです。そのように、より一層の不幸、混乱を引き起こさない行動というものを理解するには、私たちは自分自身を、そのすべての矛盾対立する要素、たえず互いに闘っている多くの面と共に、理解しなければなりません。私たちが自分自身を理解しないかぎり、行動は必然的により一層の葛藤、不幸に帰着せざるをえないのです。


【『瞑想と自然』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1993年)】


瞑想と自然

2010-07-20

私たちは自分の混乱から指導者を選ぶので、指導者自身もまた混乱している

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 あなたと私が真の行動というものを関係性において理解しないときにのみ、私たちは集団と呼ばれる抽象物に頼り、それによって自分の行動において無責任になるのです。行動を改善するため、私たちは指導者や、あるいは組織的な団体行動に頼ります。私たちが指導者に行動上の指示を仰ぐとき、私たちは常に、自分自身の問題、不幸を超克するのを助けてくれると思われる人を選びます。が、私たちは自分の混乱から指導者を選ぶので、指導者自身もまた混乱しているのです。私たちは、私たち自身に似ていない指導者を選びません。選べないのです。私たちは、私たちと同様に混乱した指導者しか選べないのです。それゆえ、そのような指導者、教導者、およびいわゆる霊的(宗教的)なグルは、私たちを常により一層の混乱、より一層の不幸へと導くのです。私たちが選ぶものは私たち自身の混乱に由来しているので、私たちが指導者に従うとき、私たちはたんに自分自身の混乱した自己投影物に従っているだけなのです。それゆえ、そのような行動は、直接的結果をもたらすかもしれませんが、結局は常により一層の災いに帰着するのです。


【『瞑想と自然』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1993年)】


瞑想と自然

2010-06-21

集団とはあなたであり私である

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 私たちは自分のまわりに混乱、不幸、ぶつかり合う願望を見、そしてこうした混沌とした世界の現実に気づいて、真に思慮深くて真摯な人々──絵空事をもてあそんでいる人々ではなく、本当に真剣な人々──は、当然ながら行動という問題を考究することの大切さがわかるでしょう。集団行動があり、また個人行動があります。そして集団行動は一個の抽象物、個人にとって好都合の逃避となっています。つまり、この混乱、たえず起こっているこの不幸、この災いは集団行動によって何とか変えることのできる事態であり、それによって秩序を回復できると思うことによって、個人は無責任になるのです。集団というものは、間違いなく虚構の実体です。集団とは、あなたでありそして私なのです。


【『瞑想と自然』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1993年)】


瞑想と自然