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クリシュナムルティの智慧 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-07-24

偶像崇拝

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クリシュナムルティカトリック仏教徒は、聖母マリア仏陀の像を建ててそれらを守りますが、そうするとヴィジョン(幻視)を呼び招いた無意識の、あの同じ未解明の層に、これらの構築物が激しい感動を生み出し、それらを実在物と思い込んでしまうのです。

 かくしてシンボルや言葉が、実在そのものよりも重要になってしまうのです。それらは意識のなかに記憶として残り、意識は、「私は霊的な経験をしたのだから、まちがいがない」と言うのです。言葉と言葉による条件づけとが、おたがいに悪循環のなかで活力を与えあうのです。強烈な感動、エクスタシーの衝撃といったものが反復への願望を生み出し、シンボルが最高の内的権威、あらゆる努力の収斂対象である理想になるのです。ヴィジョンを再び捕捉することが人生の目標、渇望となり、たゆみない規律・手段を伴うのです。しかし思考それ自体が、個人のあるがままの姿とシンボルまたは理想との間にギャップを生み出すのです。このギャップを埋めないかぎり、変容はありえません。あらゆる経験が完全に終わるときにはじめて、変容が起こりうるのです。覚醒した人は経験から自由なのです。しかし誰もが、より深い、より広い経験を求めているようです。われわれは皆、より多くの経験をすればするほど、それだけ自分が生きているのだと確信しています。しかしわれわれは真実を生きているのではなく、シンボルや概念、理想を言葉を生きているのです。われわれは言葉を食べて生きているのです。われわれの霊的な生が絶え間ない葛藤の場となってしまったのは、「パン」と書かれた紙きれを食べている飢えた人間のように、われわれが概念で生きているからなのです。われわれは、事実ではなく、言葉で生きているのです。生のあらゆる領域――霊的なあるいは性的な――で、仕事で、あるいはレジャーで、われわれは言葉による刺激を受けているのです。言葉はそれ自身を、思考および観念へと組み上げるのです。それらはわれわれを興奮させ、そして現実(あるがままの自分)と理想(あるべき自分)とのギャップが大きければ大きいほど、それだけ強烈に自分が生きていると想像するのです。このようにして、われわれは変容のあらゆる可能性を損なってしまうのです。


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモスライブラリー、2000年)】


私は何も信じない―クリシュナムルティ対談集

2010-05-21

世界は我々自身の一部である

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シュアレス●焼身自殺する仏教徒アフリカ人の反乱……


クリシュナムルティ●もちろんそれは皆、われわれ自身の一部です。アジアの手のつけられぬ貧困、いたるところに蔓延する圧政、残虐行為、野心、貪欲、無数の衝突――これらはすべてわれわれ自身なのです。こうしたすべてを念頭に入れれば、われわれがいかに深いレベルで変容を必要としているか、おわかりになるでしょう。


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモスライブラリー、2000年)】


私は何も信じない―クリシュナムルティ対談集

2010-04-15

人類の課題

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 人間の意識に根源的革命を、人間の心理構造に全面的な変容をもたらすことが、絶対的かつ緊急の課題である。


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモスライブラリー、2000年)】


私は何も信じない―クリシュナムルティ対談集

2010-03-20

正しい行為

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「正しい行為は、精神が沈黙しており、そして〈あるがまま〉が見られているときにのみ可能です。この〈見(けん)〉から起こる行為は、動機、過去から自由であり、思考と原因から自由です」(J・ネルーと会見、1948年


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモスライブラリー、2000年)】

2010-02-28

刺激と啓発は異なる

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「それらはただ刺激的なだけですか、それとも啓発的ですか? 刺激されることと気づくこととの間にははっきり違いがあります。気づいていることは、内なるあらゆるものを照らし出す炎のようなものです」


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモスライブラリー、2000年)】

2010-02-08

クリシュナムルティの言葉には鎮静効果があった

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 彼の言葉は鎮静効果を持っていた。長い沈黙があり、その間私たちはじっと坐ったままだった。何をしても無駄だった。にもかかわらず、そこにはなお内なる運動があった。(デビッド・E・S・ヤングによる記録)


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモスライブラリー、2000年)】