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2010-07-15

賢明な反逆

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 だがこれに対し、たんなる反動ではない賢明な反逆というものがある。これは自分の思想や感情を自覚することによって、自己認識をしていくことに伴う反逆である。それは私たちが、進行しているままの経験を直視し、めざめた知性をもって苦難を逃避しない時に生まれる。いまめざめた知性といったが、それは直感といってもよい──この直感こそ人生における真の指標なのだ。


【『道徳教育を超えて 教育と人生の意味』クリシュナムーティ/菊川忠夫、杉山秋雄訳(霞ケ関書房、1977年)】


道徳教育を超えて 教育と人生の意味

2010-06-16

2種類の反逆

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 反逆といっても実は2種類ある。まず暴力的な反逆ということ──これは何もわからずに現存の秩序に対してただ反抗するだけのものである。次に、知性の根源における精神的反逆というものがある。(この二つは区別しないといけない) 既成の権威に反抗しても、それが新しい権威になり、幻想とかくれた自己満足だけのものになってしまっている大勢の人々を、私たちは見かけている。つまり通例起こることは、私たちがある集団や理念と手を切っても、今度は別の集団と理念につながっていくということなのである。こういう仕方は、ちょっとした新しい思想形態をつくり出すだけで、やがてこの新しいものに対しても反逆することが始まるということである。たんなる反動は反対を生み、この種の改革は安らぐところを知らない。


【『道徳教育を超えて 教育と人生の意味』クリシュナムーティ/菊川忠夫、杉山秋雄訳(霞ケ関書房、1977年)】


道徳教育を超えて 教育と人生の意味

2010-05-06

反逆的精神と批判的精神

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 幸いにも、人間の問題を何の偏見も持たずに検討してみようと構えている人たちも少数ながら存在している。しかし圧倒的に多数を占める人たちは、義憤や反逆の精神をもたない。いいかげんな態度で世のなりゆきにまかせてしまうと、反逆的精神などというものは死にたえ、生活することがまず第一の必要とあって、批判的精神に完全に終止符が打たれる。


【『道徳教育を超えて 教育と人生の意味』クリシュナムーティ/菊川忠夫、杉山秋雄訳(霞ケ関書房、1977年)】


道徳教育を超えて 教育と人生の意味

2010-04-11

我々は隣人と違っていることを恐れる

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 安楽の問題を追及して、私たちは葛藤が少い静かな片隅を見出す。そしてこの一角から飛び出ることを恐れるようになる。人生を恐れ斗いを恐れ、新しい経験を恐れて、冒険的精神を失うのである。私たちの社会で行われている躾けとか教育というものは、私たちが隣人と違っていることを恐れさせ、社会のしきたりに反逆して考えぬくことを恐れさせ、間違った権威と伝統を尊敬させるという役割を果たしている。


【『道徳教育を超えて 教育と人生の意味』クリシュナムーティ/菊川忠夫、杉山秋雄訳(霞ケ関書房、1977年)】


道徳教育を超えて 教育と人生の意味