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2011-12-13

何かを信じざるを得ない心理情況

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 こうして、人生にはほとんど意味がないために、ひとつの考え、信条、観念を信じることが必要となった。会社勤務、家族、セックス、孤独、さまざまな自己負担、自己表現のための格闘といった毎日の決まりきったこと、この全部がほとんど無意味であり、しかも、そのすべての終点にはつねに死が待ち構えている。このような状況で、人間は逃れようのない必要から、何かを信じざるを得ないのである。


【『いかにして神と出会うか』J・クリシュナムルティ/中川正生訳(めるくまーる、2007年)】


いかにして神と出会うか

2011-10-31

神と呼ばれる観念

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 人間は長い歳月をかけて、信仰することによって神と呼ばれる観念を創造してきた。人間にとって、神と名づけられる観念を信仰することは必要である。なぜなら、光明、美しさ、喜びがときおりきらめくことはあっても、人生は悲しく、絶えざる戦い、矛盾、惨めさに満ちたものだからである。


【『いかにして神と出会うか』J・クリシュナムルティ/中川正生訳(めるくまーる、2007年)】


いかにして神と出会うか

2011-10-21

宗教的精神

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 宗教的精神と、宗教を信じる精神とは、まったく別のものである。宗教的精神は、その社会の文化から心理的に自由である。すなわち、いかなる形の信仰からも、また経験や自己表現への欲求からも自由である。


【『いかにして神と出会うか』J・クリシュナムルティ/中川正生訳(めるくまーる、2007年)】


いかにして神と出会うか

2011-10-11

聖なるものは存在する

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 しかし、聖なるものは存在する。それは思考が生み出すものでもなければ、思考によって蘇生された感覚でもない。思考がそれを認識することはできず、またそれを利用することもできない。思考がそれをまとめあげることは不可能である。にもかかわらず、聖なるものは存在する。しかし、いかなるシンボルも言葉も届かない。それを伝えることはできない。それは事実である。


クリシュナムルティのノートブック』1961年6月28日より


【『いかにして神と出会うか』J・クリシュナムルティ/中川正生訳(めるくまーる、2007年)】


いかにして神と出会うか