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クリシュナムルティの智慧 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-11-07

瞑想のさなかにある精神の沈黙

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 この沈黙は観察者の体験によって捕捉できるものではない。そのように体験し認識できたとすれば、それはもはや沈黙とは言えない。瞑想のさなかにある精神の沈黙は境界を持たず、したがってそれは認識の領域にはない。あるのは沈黙だけであって、その中では分離の空間は終焉する。


【『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(平河出版社、1982年/サンマーク文庫、1998年)】


クリシュナムルティの瞑想録―自由への飛翔 (mind books)

2011-03-11

瞑想する精神は夢を見ない

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 こどもはその玩具にあきると前のように騒々しく、いたずらになる。瞑想は何か見えない道をたどって、何か空想的な至福を実現することでもない。瞑想のさなかの精神は日常たゆむことなく、生の運動をそのすべての関係の中に、言葉によらず、また批評や意見を混ずることなく、ひたすら見、そして聞く。そして夜、肉体が休息に入ったとき、瞑想する精神は昼間真に目覚めていたので、夢を見ない。夢を見るのはただ怠惰な者だけであり、半覚半醒の者だけが、己れ自身のあるがままの姿を知るために夢の告知を必要とするのである。しかし精神が絶えず己れの内と外における生の運動を見つめ、聞きとっているときには、思考によるものではない沈黙が生まれる。


【『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(平河出版社、1982年/サンマーク文庫、1998年)】


クリシュナムルティの瞑想録―自由への飛翔 (mind books)

2011-01-28

自己欺瞞の陥穽

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「今日から思考を制御し、静かに瞑想の姿勢をとり、調息をはじめよう」と言うとき、あなたは自己欺瞞の陥穽にはまったのである。何か途方もない思念やイメージに没入することによって、ちょうどこどもがしばらくは玩具に夢中になるように、しばらくは自我を静めることはできるであろう。しかしそれは瞑想ではない。


【『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(平河出版社、1982年/サンマーク文庫、1998年)】


クリシュナムルティの瞑想録―自由への飛翔 (mind books)

2010-12-28

瞑想には終わりがない

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 瞑想は思考のパターンに自我を包ませることでも、快美な体験に身をまかせることでもない。瞑想は始めを持たず、それゆえ終わりがない。


【『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(平河出版社、1982年/サンマーク文庫、1998年)】


クリシュナムルティの瞑想録―自由への飛翔 (mind books)

2010-11-21

真理はすぐそこにある

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 われわれは小賢しくなり、次々と新しい哲学や理論を作り出し、あげくの果てにはそのいたましい失敗を目のあたりにする。われわれは究極なるものに至るための方法について様々な理論を編み出してきた。信者たちは寺院に参詣して、精神の想像力の所産にすぎないものにわれを忘れる。僧侶や聖者も同様に真実を見出すことはできない。かれらはいずれも、かれらを僧侶、聖者として受け入れる伝統あるいは文化の一部にすぎないからである。

 鳩は飛び去った。そして大地の上には山形の美しい雲がかかっていた。真理はすぐそこにあるというのに、誰も見ようとはしない。


【『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(平河出版社、1982年/サンマーク文庫、1998年)】


クリシュナムルティの瞑想録―自由への飛翔 (mind books)

2010-10-15

空しい心は思考の言葉でいっぱいになっている

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 しかし神を信じない人間たちも同様、短く空しい生の悲嘆を味わう点、何の変わりもない。日々の生活の苦痛によって、生は無意味でひからびたものになってしまうのである。真実は思考の流れの終わりにあるのではないのに、空しい心は思考の言葉でいっぱいになっている。


【『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(平河出版社、1982年/サンマーク文庫、1998年)】


クリシュナムルティの瞑想録―自由への飛翔 (mind books)

2010-09-14

神を見出したりはできない

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 神を見出したりはできない。神に至る道などないのである。人は様々な道、様々な宗教、様々な信念、あるいは永続的な祝福を見出す助けになってくれると思われる救世主や導師など、実に様々なものを作り出してきた。しかし悲しいことに、探究はやがて、幻想や、精神が既知なるものを用いて投影し、手直しを加えて生み出した幻像にと行きつくのである。けれども人間の求める愛は己れの日々の生活の中で滅ぼされていく。片手に銃を抱え、片手に神をささげることはできない。教会や寺院が神の実質を滅ぼしてしまった今、神は、その本来の意味を失った象徴であり言葉であるにすぎなくなってしまったのである。


【『クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(平河出版社、1982年/サンマーク文庫、1998年)】


クリシュナムルティの瞑想録―自由への飛翔 (mind books)