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クリシュナムルティの智慧 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-11-26

言葉や知性で理解することは無意味である

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 二人の人間の間で、男女の間で、神と地球の間で、「あるべきもの」と「あるがまま」との間で、分裂があるところにはどこでも葛藤があるのです。はたしてX氏は、言葉や知性で理解する――無意味なことですが――だけでなく、彼の心、彼の存在、彼の活力、エネルギー、情熱でもって、このすべてを理解しているでしょうか。


【『ザーネンのクリシュナムルティ』J・クリシュナムルティ/ギーブル恭子訳(平河出版社、1994年)】


ザーネンのクリシュナムルティ

2011-02-15

分裂のあるところに葛藤が生まれる

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 そこで、スイス人とドイツ人、フランス人とイギリス人、私とあなた、私たちと彼らとの間に分裂があれば、分裂のあるところにはどこでも葛藤があるはずだということを発見するのです。しかし、それは分裂など存在しないということではありません。たとえば、お金のある人たちには、たいへんな権力があります。けれども、もし私たちが主観的に分裂を生み出すなら――私はここに属すがあなたはあそこに属す、私はカトリックであなたはプロテスタント、私はユダヤ人であなたはアラブ人、というように――そこに葛藤が生まれるのです。


【『ザーネンのクリシュナムルティ』J・クリシュナムルティ/ギーブル恭子訳(平河出版社、1994年)】


ザーネンのクリシュナムルティ

2011-01-09

観察されるものと観察するものとの分裂が葛藤を生む

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 こうして、観察者がその背景を、観察されるものと観察する者とに切り離してしまいます。そのために、分析における分裂そのものによって、葛藤が生じます。みな一緒ですか? あなたがX氏で、私が話し手です。私たちは一緒に旅をしていますか? 話し手は、分析する者と分析されるものとの間に分裂が生じたとたん、そこには微妙で、愚かで、意味のない、ある種の葛藤が必ずあるはずだと言っています。しかも、それはみな征服、克服、抑圧、超越という、大なり小なり努力の形をとっている葛藤にほかならないのです。


【『ザーネンのクリシュナムルティ』J・クリシュナムルティ/ギーブル恭子訳(平河出版社、1994年)】


ザーネンのクリシュナムルティ

2010-12-04

観察者は過去である

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 観察者や分析者は経験、知識、彼なりの人生観、彼独自の性癖、偏見、宗教プログラムによって条件づけられています──これはすべて過去です。すべて幼児期から彼の背景をなしてきたものです。【彼】が観察者であり、【彼】が分析者です。その背景が、共同体の記憶、民族の記憶、民族意識を含むものであろうとなかろうと、【彼】が【観察者】なのです。


【『ザーネンのクリシュナムルティ』J・クリシュナムルティ/ギーブル恭子訳(平河出版社、1994年)】


ザーネンのクリシュナムルティ

2010-10-27

観察者は過去の記憶

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 自分自身を分析します。私は──どんなことでもいいのですが──怒ったり、貪欲だったり、性に関心があったりしました。そして、それらを分析するとき、つまり細分化し、細心の注意をもって一つひとつを見るとき、誰が観察者なのでしょう。観察者や分析者とは、蓄積された過去の記憶のすべてではないでしょうか。


【『ザーネンのクリシュナムルティ』J・クリシュナムルティ/ギーブル恭子訳(平河出版社、1994年)】


ザーネンのクリシュナムルティ

2010-09-25

大自然との分離

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 こうして、X氏は翌日ふたたび現れ、私たちは対話を続けました。美しい日で、私たちはベランダに腰を下ろして、雪を戴いた雄大な山々に抱かれた谷間を眺めていました。すばらしい谷間、澄みわたった藍色の空、草の上できらめく陽光、光と影でまだらになった大地。すべてがとてもすばらしく生き生きとして、脈打ち、エネルギーに満ちているようでした。そこで私たち、彼と話し手は、この偉大な美を見つめていました。けれども、決して美と共にいたのではなかったのです。つねに美を見つめていましたが、決して心で美を感じてはいませんでしたし、大地のすべての栄光を完全に感受することもなかったのです。

 彼は言いました。「美について話し合うつもりはありません。それはあなたの仕事です。あなたが語ってください」。(1985年7月7日)


【『ザーネンのクリシュナムルティ』J・クリシュナムルティ/ギーブル恭子訳(平河出版社、1994年)】


ザーネンのクリシュナムルティ

2010-08-24

宗教が人類を救っていない現実

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 キリスト教が生まれる何世紀も前から、宗教は絶えず平和について語ってきました。平和で、静かで、温和で、寛大で、優しく、愛ある人であれと。けれども、そうした宣伝にもかかわらず、この葛藤は続いています。この問いに対する、最終的な、反駁不可能な解答はあるのでしょうか。つまり、日々の生活を送りながら、会社に出かけ、家庭やセックスや子どもなどを維持しながら、人生には単に物質的なもの以上の何かがあるはずだということ憧れも抱いて探究を続けているこの世の人間に、葛藤をやめることは可能なのですか。いったいこの問題は解決できるのでしょうか。人類は人としてこの地球上に何百万年も生きながらえてきましたが、まだこの問題を解決していないようです。(1985年7月7日)


【『ザーネンのクリシュナムルティ』J・クリシュナムルティ/ギーブル恭子訳(平河出版社、1994年)】


ザーネンのクリシュナムルティ