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クリシュナムルティの智慧 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-12-01

教育者は生徒のなかに恐怖を呼び起こしてはならない

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 私たちのすべての学校で、教育者、および生徒に対して責任がある者は、教室であろうと運道場であろうと、あるいは生徒の部屋であろうと、どのようなかたちの恐怖も生じないように気をくばる責任があります。教育者は生徒のなかに恐怖を呼び起こしてはなりません。これは概念的なことではありません。なぜなら教育者自身、単に言葉のうえばかりでなく、「恐怖はそれがいかなるかたちのものであっても、精神を活動不能にし、感受性を破壊し、感覚を縮めてしまう」ということを理解するからです。


【『学校への手紙』J・クリシュナムルティ/古庄高〈ふるしょう・たかし〉訳(UNIO、1997年)】


学校への手紙

2011-02-19

善性は恐怖の及んでいる場で開花できない

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 善性は、恐怖の及んでいる場では開花できません。実にさまざまな恐怖が、直接的な恐怖や未来への多くの恐怖があります。恐怖は概念ではありません。しかし恐怖についての説明は概念的ですし、その説明は学者によって、あるいは知識人によってそれぞれ異なります。説明は重要ではありません。〈あるがまま〉が重要なのであり、恐怖という事実に直面することが重要です。


【『学校への手紙』J・クリシュナムルティ/古庄高〈ふるしょう・たかし〉訳(UNIO、1997年)】


学校への手紙

2011-01-16

政治は概念に基づいた病

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 政治は、概念に基づいた、ある種の全世界的な病です。宗教はロマンティックで創造的な感情主義です。現実に何が起こっているかを観察するならば、政治や宗教はすべて、概念的な思考が指示するものであり、それは生の日々の悲惨さや混乱や悲しみからの逃避でしかありません。


【『学校への手紙』J・クリシュナムルティ/古庄高〈ふるしょう・たかし〉訳(UNIO、1997年)】


学校への手紙

2010-12-20

現実と直接向き合う

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 しかし、繰り返しますが、日常の出来事を理解することのほうが、理想よりもはるかに重要です。もし人の精神が、概念や理想などによって混乱しているならば、事実や現実の出来事に直面することはありえないでしょう。概念は障害になってしまいます。このことがすべてはっきりと理解されるならば――知的な理解、概念的な理解ではありません――、事実や現実や〈今のこと〉に直面することのきわだった重要性が、教育の中心的要因になるでしょう。


【『学校への手紙』J・クリシュナムルティ/古庄高〈ふるしょう・たかし〉訳(UNIO、1997年)】


学校への手紙

2010-11-13

教師と生徒の関係

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 教育者と生徒との間にも関係があります。教師は知りつつ、あるいは知らず知らずのうちに、この意味での〈優位性〉を主張するのでしょうか? いつも教壇の上に立ち、生徒が「自分は教えられなければならない下位の者なのだ」と感じるようにするのでしょうか? 明らかに、そのようなところにはいかなる関係もありません。そこから生徒の側に恐怖、プレッシャー、緊張感が生れます。その結果、生徒は若いときから、この優位性の資質を学び、「自分は軽く見られているのだ」と感じるようにされてしまいます。そして一生を通じて、彼は攻撃的になるか、あるいは絶えず従順で追従的になるのです。


【『学校への手紙』J・クリシュナムルティ/古庄高〈ふるしょう・たかし〉訳(UNIO、1997年)】


学校への手紙

2010-10-06

隠遁者や修道僧

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 では、こうしたあらゆる関係のなかで、善性は開花できるでしょうか? 関係こそ生そのものであり、なんらかの関係がなければ、人は存在できません。隠遁者や修道僧は、いくら世界から引きこもっていても、世界とのかかわりを持ち続けています。彼らはこのことを否定し、抑えつけ、自分自身をこじつけて解釈するかもしれませんが、しかしそれでも隠遁者や修道僧は、世界とのなんらかの関係を残しています。なぜなら彼らは、何千年にもわたる伝統や迷信の結果なのであり、人間が数千年の間に蓄積したあらゆる知識の結果だからです。そのすべてから逃れる道などありません。


【『学校への手紙』J・クリシュナムルティ/古庄高〈ふるしょう・たかし〉訳(UNIO、1997年)】


学校への手紙

2010-09-05

〈他の人〉と〈私〉という分裂状態

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 私たちはめったに自分自身を他の人に示そうとはしませんが、それは自分のことを十分には気づいていないからなのです。そして人間関係のなかで私たちが他の人に示すのは、所有欲が強く、支配的なものか、あるいは追従的なものでしかありません。〈他の人〉と〈私〉とがあるのであり、この二つの別々の存在は、死に至るまで分裂したままです。他の人もまた自分自身のことに関心をもっていますので、この分裂は生涯続きます。もちろん人は、同情や愛情や一般的な励ましを示しますが、この分裂した状態はそのままです。このことから、相容れないこと、すなわち各自の性分や欲望の主張が、生じます。そこには恐怖と懐柔とがあります。性的な結合はあるかもしれませんが、〈あなた〉と〈私〉のこの独特な、ほとんど静止状態の関係は、そのままです。けんか、傷つけ合い、嫉妬、あらゆる苦しみが、そこに含まれています。ところがこうした関係はすべて、次第に〈よい関係〉とみなされるようになります。


【『学校への手紙』J・クリシュナムルティ/古庄高〈ふるしょう・たかし〉訳(UNIO、1997年)】


学校への手紙