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クリシュナムルティの智慧 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-11-10

援助と権威

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 もし誰かがあなたを助けてきて、それゆえあなたが彼をあなたの権威にしてしまうなら、そのときにはあなたは、それ以上のすべての助け──単に彼からのだけでなく、あなたのまわりのすべてのものからの──を妨げてしまうのではないだろうか?


【『生と覚醒のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈3〉クリシュナムルティの手帖より

2011-03-14

願望が幻想を生む

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 願望は果たして、真実に向かうことができるだろうか? 何かへの願望は、いかに気高くとも、幻想を生むもとではないだろうか? そして願望が働くとき、それは権威、模倣および恐怖の構造を築き上げるのではないだろうか? これが、実際の心理的過程なのではないだろうか? そして、これは助けだろうか、それとも自己欺瞞だろうか?


【『生と覚醒のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈3〉クリシュナムルティの手帖より

2011-01-31

われわれは特定の方向からの助けにのみ心を開く

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 なぜわれわれは、ある特定の方向からの助けにのみ心を開き、他のすべての方向には閉ざしているのだろう? 意識的または無意識的に、あなたは私にあなたの愛、あなたの同情を与えるかもしれない。あなたは私のさまざまな問題を理解するのを助けてくれるかもしれない。しかしなぜ私は、あなたこそは私の唯一の助けの拠所、唯一の救い主だと主張するのだろうか? なぜ私は、あなたを私の権威に築き上げてしまうのだろう? 私はあなたに傾聴する。私はあなたの言うすべてのことには注意を払うが、しかし私はほかの人の発言には無関心であるか、または耳を貸さない。なぜだろうか? これが問題点ではあるまいか?


【『生と覚醒のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈3〉クリシュナムルティの手帖より

2010-12-24

人は権威者にのみ耳を傾ける

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 われわれは、自分たちが助けられているのかどうかの証拠を求めているのだろうか? 医者、子供や通行人の笑顔、関係、風に吹き払われる一枚の葉、気候の変化、教師やグルすらも──これらすべてのものは、助けになりうる。機敏な人間にとっては、至る所に助けがある。しかしわれわれの多くは、ある特定の教師や書物以外のあらゆるものに対して眠っており、そしてそれがわれわれの問題なのである。あなたは、私が何かを言うと注意を払うのではないだろうか? しかしほかの誰かが同じことを、たぶん異なった言葉で言うとき、あなたはつんぼになる。あなたは、あなたが権威だとみなす者にのみ耳を傾け、それ以外の人間が語るときには機敏でない。


【『生と覚醒のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈3〉クリシュナムルティの手帖より

2010-11-17

慰めは苦痛や不幸を生む

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 もしわれわれが慰めを欲するなら、われわれはそれを、あれこれの仕方で得ることだろう。しかしそれとともに、よりいっそうの苦痛や不幸が生ずることだろう。慰めへの、安全確実さへの願望は、あらゆる種類の幻想を生み出す力を持っている。精神が静謐(せいひつ)であるときにのみ、真実なるものが生まれ出る可能性がある。


【『生と覚醒のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈3〉クリシュナムルティの手帖より

2010-10-11

祈りが真理をもたらすことはない

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 真理、あるいは呼び方はどうであれ、は、精神によって見出すことはできない。思考はそれを追い求めることはできない。それに至る道はない。それは、崇拝、祈り、または犠牲によってもたらすことはできないのだ。


【『生と覚醒のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈3〉クリシュナムルティの手帖より

2010-09-10

慰められようとする衝動が教会をつくり上げる

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 神は、教会の中に、それともわれわれの心の中に見出されるべきものだろうか? 慰められようとする衝動は幻想を生むもとになる。教会、寺院、そしてモスクを創り上げるのは、この衝動なのだ。われわれは、それらのものに、あるいは全能の国家に我を忘れ、その間に真実なる物は通り過ぎてしまう。重要でないものが、すべてを食い尽くすものになる。


【『生と覚醒のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈3〉クリシュナムルティの手帖より