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クリシュナムルティの智慧 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-11-11

両方に気づくこと

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 単に部分的に鋭敏であることは、麻痺していることである。美を受け入れて、醜に逆らうことは、何の感受性も持たないことである。沈黙を歓迎して、騒音を拒むことは、全的ではないことだ。鋭敏であることは、沈黙と騒音のうちの一方を追い求めて他方に逆らうことなく、両方に気づくことである。それは、自己矛盾なしにあること、全的であることなのである。


【『生と覚醒のコメンタリー 4 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈4〉クリシュナムルティの手帖より

2011-03-15

比較が葛藤の原因

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 騒音に対するこの抵抗は、それが作る擾乱を増す。そしてそれこそは、われわれが日常生活でしていることである。美しいものを取って、醜いものを拒むこと、悪に抵抗して、われわれは善を培う。憎悪から目をそむけて、愛について考える、等々。われわれの中には、常にこの自己矛盾、反対物どうしのこの葛藤がある。そして、このような葛藤は無益である。違うだろうか?


【『生と覚醒のコメンタリー 4 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈4〉クリシュナムルティの手帖より

2011-02-01

一本の光線

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 いたる所に、迫りくる夜と、低くたれこめた雲の暗闇があった。しかし夕日の放つ一本の光線が、東方の丘の並びの間の一個の大岩の滑らかな表面に触れ、そしてそれはしだいに募りゆく暗闇の中で、ひときわ目立った。


【『生と覚醒のコメンタリー 4 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈4〉クリシュナムルティの手帖より

2010-12-26

探求は幻想である

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「では、探求は幻想なのでしょうか?」

 多くの幻想のうちの一つである。精神が動機を持っていないとき、それが自由であって、いかなる切望によっても駆り立てられていないとき、それが完全に静謐であるとき、そのとき真理は、【それ自体としてある】。あなたは、それを追及する必要はない。【あなた】がそれを追求したり、招き寄せることはできないのだ。それは、向うからやってこなければならない。


【『生と覚醒のコメンタリー 4 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈4〉クリシュナムルティの手帖より

2010-11-19

動機なしの探求

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「果たして、動機なしの探求がありうるでしょうか?」

 探求の動機があるとき、探求の目的はすでに知られている。不幸なので、あなたは幸福を追求する。それゆえあなたは探求することをやめてしまわれたのだ。なぜならあなたは、幸福とは何かをすでに知っていると思っておいでだからだ。


【『生と覚醒のコメンタリー 4 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈4〉クリシュナムルティの手帖より

2010-10-13

真理を見出すためには信仰も不信仰もあってはならない

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 真理、または神を見出すためには、信仰も、不信仰もあってはならない。信者は、不信仰者と変わらない。どちらも真理を見出すことはないであろう。なぜならかれらの思考は、かれらの教育によって、かれらの環境によって、かれらの文化によって、そしてかれら自身の希望や恐怖、喜怒哀楽によって形作られているからだ。これらすべての条件づける影響から自由ではない精神は、どうあがこうと決して真理を見出すことはできない。


【『生と覚醒のコメンタリー 4 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈4〉クリシュナムルティの手帖より

2010-09-12

明晰さの始まり

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 しかしもしあなたが、あなたがそのために尽くしてきたすべてのものが愚劣で、無駄であり、それはよりいっそうの不幸に行き着くにすぎないということに本当に気づけば、そのときにはすでに明晰さの始まりがある。自分が北に行くつもりのときに、実際には南に向かっていたことをあなたが発見なされば、その発見それ自体が、まさに北への転換なのではないだろうか?


【『生と覚醒のコメンタリー 4 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


生と覚醒のコメンタリー〈4〉クリシュナムルティの手帖より