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クリシュナムルティの智慧 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-11-29

教師を神格化するな

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クリシュナムルティ●私は、自分の思想と他の人々のそれとをひたすら分かちあうようにしています。その観点では、キリスト仏陀やその他いかなる偉大な教師でも、喜んで受け入れます。私はただ、かれらのまわりに宗派が作り上げられて、教師の言葉や思想よりも教師その人のほうが重要になってしまう、そういうあり方に反対なだけです。


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモスライブラリー、2000年)】


私は何も信じない―クリシュナムルティ対談集

2011-02-18

明晰さ、洞察力における爆発

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クリシュナムルティ●科学技術の進化は今後とも続くでしょう――それは必要なことでもあり、逆行はできません。しかし頭脳の残った部分は未覚醒のままであり、われわれはいまからそれを生き返らせる仕事に着手できるのです。この覚醒行為は時間の問題ではありません。それは爆発であり、存在の根源そのものにおいて起こり、心理的実体の硬化と結晶化を防ぐところの、進化過程の突然の加速なのです。それは、あらゆる問題をその起こるがままに取り上げ、かくして問題の重要性が二義的なものとなるような、そういう明晰さ、洞察力における爆発なのです。そして、それ自身のエネルギー源を持ち、個人的なものでも集団的なものでもない英知の、こうした炸裂が起こらないかぎり、この世界は平和も自由もついに知ることがないでしょう。


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモスライブラリー、2000年)】


私は何も信じない―クリシュナムルティ対談集

2011-01-15

自己認識は祈りではない

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シュアレス●あらゆる宗教は、神、宇宙など――その呼び名が何であれ――あるより高い実在物と交感するための祈りやなんらかの黙想(瞑想)の方法について話します。あなたの宗教的活動はいかなるものですか? あなたは祈りますか?


クリシュナムルティ●神聖な決まり文句の反唱は、精神の動揺を静め、それを眠り込ませるのです。祈りは、われわれに自分自身の心理的獄舎を押し破り、破壊させる必要を感じさせずに、われわれをそのなかに閉じ込め続けさせることのできる、鎮痛剤のようなものです。祈りのメカニズムは、他のすべてのメカニズム同様、機械的な結果をもたらすのです。自己自身についての無知を突き破ることのできるような祈りなどないのです。無限なるものに差し向けられたあらゆる祈りは、有限なるもが無限なるものを知り、そしてそれといかに接するかということを前提にしています。それは無限なるものについてにおあらゆる観念、概念および信念を持っており、そして精神的な獄舎に閉じ込められた説明体系のなかに包み入れられているのです。祈りは束縛するものでこそあれ、解決するものではないのです。そして自由こそは、真の宗教のまさに核心なのです。宗教的組織・団体は、自由を与えると主張しながら、実は逆に、このなくてはならない自由を与えないようにしているのです。自己認識は祈りではありません。そして自己認識こそが、瞑想へのドアなのです。自由は、一組の心理学的な理論に基いたものでもないし、あるいは恩寵を期待して身を委ねた状態でもないのです。それは、宗教や社会によって押し付けられた諸々の制約を打破するのです。それは、特定のものについてではなく、全的に注意を傾けた状態なのです。


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモスライブラリー、2000年)】


私は何も信じない―クリシュナムルティ対談集

2010-12-11

創造的な沈黙

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シュアレス●そのような、ある意味では自分を包んでいた自分自身の中身から自由な人間は、極めて自由にちがいありませんね……


クリシュナムルティ●彼は自由であり、活力にあふれ、そして全く静謐です。沈黙が必要なのです。それは、経験を、言葉を、思考を超越したものとして、自在のエネルギーとして知られうる、測り知れぬ状態です。この創造的な沈黙がなければ、どのような同胞愛も、平和も、そして真の宗教もありえないのです。


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモスライブラリー、2000年)】


私は何も信じない―クリシュナムルティ対談集

2010-11-02

真の宗教とは

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シュアレス●それでもいつの日にか、われわれは科学に基いた宗教を持つことができるのです。


クリシュナムルティ●なぜ、いつか未来の宗教のことなど口にするのですか? それよりむしろ、真の宗教とは何かを見てみましょう。組織化された宗教は、たんに社会改革と表面的な変化をもたらしうるだけです。教会というものは、いずれかの社会の枠組みのなかにのみ存在するのです。それに対して、私が話しているのは、社会、すべての社会の心理的構造のかなたにわれわれを連れていくような、宗教的改革のことなのです。真に宗教的な人間はいっさいの恐怖から自由です――なぜなら彼は、幾千年にもわたって数多くの文明によって作り上げられてきた諸々のパターン(範型)から自由だからです。彼はまた、個人的、集合的な過去から自由であり、そして彼の未来は自分自身の行為の圧力によって歪められないのです。


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモスライブラリー、2000年)】


私は何も信じない―クリシュナムルティ対談集

2010-09-29

寛容と非寛容の相対的な関係

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シュアレス●ただし教会は、現在、やや好戦的ではなくなったと思いませんか? 偉大な宗教の頭首たちは、祭式の中身よりも人類の同胞的連帯の方が重要だ、と宣言したのではないでしょうか?


クリシュナムルティ●同胞愛が祭式より重要になったとすれば、それは当の司祭たちにとっても祭式がその意味を失ったからです。しかし、かれらの四海同胞主義(ユニバーサリズム)はたんなる相互的寛容であり、ある条件下での相互的な我慢にすぎないのです。寛容というものはすべて、非暴力が暴力の背景を必要とするように、不寛容という背景を必要とするのです。

 実のところ、今日では、人間と彼を超越したものとの間の真の霊的交わり(communin)としての宗教は、人事のなかでまったくなんの居場所も持ち合わせていないのです。それどころか、宗教団体は政治と経済の道具になり下がったのです。


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモスライブラリー、2000年)】


私は何も信じない―クリシュナムルティ対談集

2010-08-27

苦痛という輪の中に閉じこめられた生

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クリシュナムルティ●生についてわれわれは何を知っているでしょうか? われわれが知っているのは、内面的、外面的な様々な葛藤の間で意識が絶えずあがいているということです。この意識は矛盾に引き裂かれています――それ自身の様々な要求や掛りあい、求める快楽、避けようとする苦痛――こうしたものの輪のなかに閉じ込められているのです。内面的に、われわれは、いかなる所有物――物質的、精神的な――の蓄積によってもけっして満たされない世界に生きているのです。そのような空しさのなかにはなんの生もありませんから、死という問いは生じません。われわれの存在は生なのでしょうか? そしてわれわれの復活や再生に関する諸々の理論は、死についての知識から生まれるのでしょうか? それらは、われわれが生と読んでいる、存在の断片についてわれわれが持ちあわせている様々な観念の防具にすぎなのではないでしょうか?


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモスライブラリー、2000年)】


私は何も信じない―クリシュナムルティ対談集